映画『遠いところ』東京フィルメックス・コンペティション部門に選出、上映後Q&Aレポート

映画『遠いところ』東京フィルメックス・コンペティション部門に選出、上映後Q&Aレポート

2022年10月29日(土)、第23回 東京フィルメックスがスタート。コンペティション部門に選出された映画『遠いところ』が上映。上映後にはQ&Aが行われ、本作の監督/脚本:工藤将亮が質問に答えた。

遠いところ
映画『遠いところ』 監督/脚本:工藤将亮(くどうまさあき)

『遠いところ』は工藤将亮(くどうまさあき)監督長編3作目となる沖縄の若年層を描いた実話に基づいた物語。構想3年、独自で沖縄を取材し、繁華街に集まる若者から生活困窮者の支援団体まで徹底した取材を重ね撮影を敢行。
映画のリアリティを重視するという制作チームの強い想いから、主な出演者は敢えて新人もしくはデビュー間もない俳優をオーディションで選ぶというキャスティングも本作を際立たせている特徴の一つ。
主人公・アオイ役には、花瀬琴音。その友人・ミオ役は石田夢実が務めている。

工藤将亮監督による制作意図 ~撮影時に関係者に配布されたステイトメント

近年沖縄ではシングルマザーや若年母子などの貧困が深刻化していて、そうした貧困層の少女たちを題材にしたルポルタージュが多くあります。
それらの作品では少女たちが家族や恋人たちの暴力に晒され、その暴力から逃げ、自分たちの居場所を作りあげていく姿が描かれています。
ぼくが一番興味を惹かれたのが、作者たちの“視座”です。
作者たちは少女たちを診断したり、矯正したりはしません。ただ寄り添い、話を聞く。そうすることで依存と自立のはざまで苦しむ少女たちの願いや心が見えて来ます。
これらは映画のモチーフになりうると思いました。
経済的自立は、心の自立を意味しません。貧困は物質的貧しさよりも、心について語られるべきだと思います。
親元を離れ社会に出ると言ってもスマホ一台で足りてしまう時代に、彼女たちが直面する自立とは、いかに発露し自分の居場所を見つけるかという困難な問題なのです。
映画化にあたり実際にぼくたち自身がフィールドワークを行い、独自のモチーフを探す必要があります。
実在する少女たちを俳優が演じる以上はモチーフとなる少女たちの声を俳優たちが直接聞く必要があります。その理由として、俳優が脚本の文字だけを頼りに想像することはこの映画の性質上良くないと思ったからです。ゆえに映画制作は私たちスタッフ・キャストが直接話すことのできる少女たちを探すところから始めなければなりません。
映画の主人公は家族や恋人の暴力に晒されています。周りにはそれを助けてくれる環境もない。彼女にはその暴力から逃げだし、そして居場所を見つけるという目的が生まれる。
彼女がそれら無慈悲な暴力から逃げるとき、強い気持ちを持ちつつも前よりもずっと地面を踏みしめる足が軽く、そして自由だと感じる_
映画のラストをそんな風にできたらと思っています。
女性差別や暴力が激しい時代にわたしを育ててくれた母親と祖母に捧げる映画です。

https://usaginoie.jp/2022/06/08/post-718/ から引用

■ 映画『遠いところ』 上映後Q&A

上映後、劇場内から拍手が巻き起こる中、本作の監督・脚本を務めた工藤将亮(くどうまさあき)さんが登壇。客席には本作の主演・アオイ役を務めた花瀬琴音さんとミオ役を務めた石田夢実さんもいらしており、冒頭、工藤監督からの紹介に挨拶を行った。

遠いところ

▼作品作りのきっかけや経緯について。沖縄の話を描いた理由は?

-この作品は沖縄を舞台にしていて、十代の若い母親が主役の物語なわけですけれども、どういった経緯、あるいはきっかけでこの作品を作ろうとしたんでしょうか?確か監督は京都府出身だったと思いますが。

工藤将亮監督
2015年ぐらいに、沖縄でのこういった若年母子の話や、“すごく若くて、貧しくて、子供を産んじゃって、親もいない”っていうことを書いたルポルタージュがたくさん何冊も出ていました。僕はなぜかそれに興味を引かれてずっと見ていたことが発端になります。

僕は京都出身なんですけれども、(そのルポルタージュに書かれていたことは)僕の幼かった頃のこと・自分の家庭環境にすごく似ていまして、そこに書かれている少女たちに対して、自分の母ちゃんだったり、僕のことを育ててくれたおばあちゃんだったりを重ねて見てたんです。
うちの母親が重い病気にかかりまして、「うちのかあちゃんに死ぬ前に何かしてあげることあるかな」といったことを今、相棒としてプロデューサーをしてくれているキタガワユウキくんに相談したところ、「じゃあ、すぐ沖縄行きましょう」と、言ってくれたのがきっかけになります。

▼変化を感じた撮影スタイルについて

-前作や前々作とは、撮影のスタイルが変わっているのではないかと感じたのですが、その点はどのような感じで組み立てられたのでしょうか?

工藤将亮監督
一作目に関しては、自分が長い間映画界にいて嫌気がさして辞めるつもりで作った映画でした。なので、すごく映画を否定しながら、作っていたというものがありました。
二作目に関しては、この映画がコロナで撮れなくなって、生活に困窮した僕の周りの若い人たちがたくさん出たので、急遽撮ったということもあるんですけれども、コロナ対策もあって、スタッフが2人とか3人で撮っていたというのもあったので、一作目と二作目に関しては、作風が違うのは必然かなと思っています。

▼キャスティングについて

ー沖縄が舞台で、(撮影地としても)結構大きなものが使われていると思います。出演者は、沖縄と沖縄以外の方の両方がいらっしゃるんじゃないかと思うんですけど、キャストはどのように選出されたのでしょうか?

工藤将亮監督
キャスティングの経緯は、有名なタレントさんや俳優さんはまず使わないことを最初に決めて、とにかくオーディションで全力でいい人を見つけるという方針で行いました。

この作品が描く内容は、沖縄で語られて欲しくない物語だということが前提としてあると考えています。なので、キャストの人が出演にあたって、「ちょっとこれには出られない」っていう人がたくさんいました。
オーディションをして、たくさんの沖縄の方が来てくださって、ものすごく良いアオイ候補の方もいたんですけれども、オーディション中に「そんなことをするな」と言って彼氏にDVに遭って閉じ込められた人がいる事件がありまして、この当事者からも「辞めよう」ということになりました。
これ以上、こういう状況でやるのはあまりにリスキーだという時に、ちょうど花瀬さんがオーディションで見つかったので、これしかないなという感じでした。

遠いところ

▼生活感のある描写について

-コインランドリーや洗濯物を干すといった描写が多くあったと思います。何か込められたものがあったら教えてください。

工藤将亮監督
ご飯を食べるとか、洗濯物を干すとか、おしっこしたり、歩いたりっていう、その生活というものをずっと僕らは長い間取材してきたので、どうしてもイメージそのもの、“生活の姿”だったと思います。
それを描かずにはいられないなと思って、事細かく、それこそトイレで用を足すところや、ご飯を食べているところ、洗濯物を干しているところだったりという、そういった積み重ねを意識的にしていきました。

▼取材にかけた時間について

-取材にはどの程度、時間をかけられたのでしょうか?

工藤将亮監督
すごく長い時間を取材にかけました。コロナ禍でずっと行かれなかった期間があるので、1年から2年くらい、行ったり来たりを繰り返してました。
沖縄在住じゃない俳優さんにはクランクインする1ヶ月半前に沖縄に全員入ってもらって、実際に住んでいただいて、働いてもらったり、ご飯を食べたり、キャバクラで務めている子たちと一緒に生活したりといったことをしたので、かなり長期的にやっていたと思います。

▼子役について

-子役の演出について、撮影で苦労したこと、意識されたことはありますか?

工藤将亮監督
子役の子は、“ツッキー”っていうんですけど、うちの助監督が見つけてきてくれて、実際に沖縄の貧困層の子どもなので本物に勝るものはなく、反応としては多分、普通の子役を使うよりかは非常に楽だったんじゃないかなと思います。
疲れて寝ているところでは本当に寝ていますし、不思議な子でした。

▼沖縄の歓楽街での事情について

-沖縄のことやキャバクラの事情はよくわからないのですが、沖縄では、他の地域より10代のキャバ嬢や違法で働いていることは本当に多いのでしょうか?

工藤将亮監督
実際の問題として皆さんが見たことがないような状況が沖縄ではあります。
僕と古賀、キタガワ、仲宗根が、取材初日に、松山(沖縄最大の歓楽街)で歩いていたら少女が売春宿に入って行ったり、キャバクラに入っていったり、朝方、未成年の少女だと思うんですけど、フラフラとキャバクラから、酒を飲んで出て来たりという姿をみかけるという問題が実際にあります。

原因には多々いろんな要素があると思うんですけれども、大人たちがそこに責任を感じていない・自覚していない、無責任から生じる無自覚、そこから生まれる無教養…というものが、一番大きな要因だと思います。
沖縄は皆さんがご存知の通り、基地の問題や沖縄といったら最近の台湾の問題があったりとか、そういったことばかりがフィーチャーされています。
今回、基本的に新聞社2社の方々と一緒に取材してきたんですけれども、その2社が1面で取り扱うのは365日ほとんどが基地の問題だったり戦争のことだったり、みんながよく知っている沖縄の姿ですね。そこが一番問題なんじゃないかなと僕は思っています。

ただし、現場で一生懸命働いてくれている人ももちろんいます。児童相談所の方だったり、それこそ本当に地域のおばあちゃんや、おっちゃん、おばちゃんが、そこに対して向き合って一生懸命やってるんですけども、もう手に負えないぐらいのことになっていますので、どうぞ皆さん気になった方がいたら、本を読むなり、実際に自分の足で沖縄で、アメリカンビレッジで、そういうことを感じながら、少し目線を変えていただければなと思います。

僕がある政党の議員に、「そんなことを言っても、君は左寄りだよ」と言われました。僕は左も右もないと思っているんですけれども、「お金を与えないと、それは意味がない」と議員さんに言われたことがありました。
子供っていうものは500円あげたら500円使っちゃいますよね。そうしたら500円がまた欲しくなりますよね。それがどんどんもっと欲しくなりますよね。
その気持ちがあるから子どもたちはキャバクラで働いたり、風俗で働いたりしているんですね。
そういったことがあるので、皆さんも少しその辺の意識というものを極端なものとして持つんじゃなくて、自分のことのように思ってもらえたら、この問題というものが少しは解決していく方向に向くんじゃないかなと思います。
それを切に願っています。本当にこういうことに対しては、みんなが無関心なので。

▼本作の制作を通じての思いの変化について

-本作の制作を通じて監督ご自身のお母様に対する思いの変化、あるいは監督自身の中での思いの変化はありますか?

工藤将亮監督
思いの変化っていうのはないのかもしれません。
かあちゃんが死んでしまうときに、あの世にはお金も持っていけないですし、名誉といったものももらったってもっていけないんで、“何か調べたいな”っていう気持ちが自分の中にできたことが、この映画を作って、自分ができる唯一の親孝行といってしまうと偉そうかもしれませんけど、変化というか、そういうふうに母と向き合うというきっかけになりました。

▼カメラマンと話したこと、撮影で意識したこと

-過酷な物語に対して最後まで見続けられたのは、撮影が要因にあるのではないかと思っております。カメラマンと話されたことや、撮影に意識されたことを教えてください。

工藤将亮監督
カメラマンは僕とずっと助手時代がやってきた杉村さんという人です。
こういった物語ですから、「まず手持ちはやめよう、僕らの感情をカメラに乗っけるのは絶対になしね」ということと、「なるべく説明的なカットやアングルは省いていって、できるだけ美しい構図で、沖縄の美しい人間の姿を中心に捉えていこう」っていうことでした。
多分撮っている杉山さんも撮っている最中はあまり深く意識をして撮っていないとは思うんですけれども、手持ちだけは絶対にしないっていうのは決めてやっていました。
カメラマンの杉村さんは非常に役者に向き合っていました。
僕らははたから見たら頭が悪いような集団に見えると思うんですけど、杉村さんは照明の野村くんと一緒に役者と向き合って、心が動いたときに、役者が心が動いた瞬間に回せる体制だけを取ろうっていうふうにやってくれたので非常に感謝しています。

▼映画に込められた想いについて

-映画に込められた想いについて教えてください。

工藤将亮監督
逆に投げかけて申し訳ないんですけど、みなさんに聞きたいです。この少女・アオイの姿を見てどう思われたのかなと。
僕は希望というか、皆さんがこのアオイをどう見るかっていうところを、是非この女の子が明日も生きていったらいいなっていうように思ってくれればいいかなと思っています。
そう思って、こういうエンディングにしました。「死んじまえ」と思ったら死んじゃいますから。

▼工藤将亮監督からのメッセージ

工藤将亮監督
皆さんご存知の通り、日本の映画界ってタレントさんが出て、番宣をうってというふうにしないとなかなか集客が厳しいと思っています。
こういうふうに映画祭に呼んでいただいて、こんな歴史のある大好きな映画祭に皆さんが来ていただいていますので、SNSや口コミや、友達でもいいんですけれども。
今日観たことをもし気に入ってもらえれば、1回といわず20回、30回、40回ぐらいつぶやいてもらって宣伝に協力してもらえたらと思います。
ぜひよろしくお願いします。

遠いところ
遠いところ

■ 映画『遠いところ』 作品概要

【ストーリー】
沖縄県沖縄市-胡坐(コザ)。
17歳のアオイは、夫のマサヤと幼い息子の健吾(ケンゴ)と3人で暮らしている。おばあに健吾を預け、友達の海音(ミオ)と朝までキャバクラで働くアオイ。マサヤは仕事を辞め、アオイへの暴力は日に日に酷くなっていく。キャバクラで働けなくなったアオイは、マサヤに僅かな貯金も奪われ、仕方なく義母の由紀恵(ユキエ)の家で暮らし始める。生活のために仕事を探すアオイだったが、そこには一筋縄ではいかない現実があった。

▼監督、キャストコメント

<工藤将亮監督(くどうまさあき)>
いま日本の若者は危機に直面しています。大人たちは自分勝手に振る舞い、自己のために若者の未来を踏みにじっています。日本のメディアが報じる沖縄は連日基地問題のことや防衛のことばかりで、子供の貧困について語られることは多くはありません。
国や政府は防衛費や在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)には糸目を付けませんが、シングルマザーたち(若年母子の家庭)には支援や保護は考えていないかのようです。そんなクソッタレな現状に映画で反抗できることはないかと制作したのが本作です。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭から招待を受け大変光栄です。沖縄で撮影した本作が世界の人々にどう受け止められるか、日本で生きる若者の叫びをどう感じてもらえるか、楽しみにしています。

<花瀬琴音(はなせことね) 主演・アオイ役>
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭にて「遠いところ」の上映が決まったと連絡を受け、とっても嬉しかったです。沢山の素敵な作品が集まる歴史ある映画祭に呼んでいただき光栄です。ありがとうございます。
「遠いところ」では私のこれまでと、この先の人生と、本作に出てくるアオイのような行き場のない若者たちの未来を背負って、魂を込めて演じさせていただきました。
工藤組一丸となり奮闘し、向き合い、作り上げた作品です。
そのような環境を頂いた、関係者の皆様へ感謝の気持ちでいっぱいです。
1人でも多くの方にお届けしたい作品です。

▼キャスト、スタッフ

【スタッフ】
監督/脚本:工藤 将亮

【キャスト】
花瀬 琴音、石田 夢実、佐久間 祥朗、長谷川 月起 /松岡 依都美 小倉 綾乃、NENE、奥平 紫乃、髙橋 雄祐、カトウ シンスケ、中島 歩、岩谷 健司、岩永 洋昭、米本 学仁、浜田信也、尚玄、上地 春奈、きゃん ひとみ 早織、宇野 祥平、池田 成志、吉田 妙子 他

エグゼクティブプロデューサー:古賀俊輔 プロデューサー:キタガワユウキ
アソシエイトプロデューサー:仲宗根久乃
キャスティング:五藤一泰 撮影:杉村高之 照明:野村直樹
サウンドデザイン:Keefar、伊藤裕規 音楽:茂野雅道
美術:小林蘭 共同脚本:鈴木茉美
製作:Allen、ザフール 企画・制作プロダクション:Allen
制作協力:ザフール ワールドセールス:Alpha Violet 配給:ラビットハウス
2022年/日本/日本語/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/128分
©2022「遠いところ」フィルムパートナーズ

公式サイト https://afarshore.jp/

公式Twitter https://mobile.twitter.com/afarshore_jp

配給:ラビットハウス 作品情報 https://usaginoie.jp/2022/06/08/post-718/

2023年 劇場公開

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