映画『冗談じゃないよ』5月24日(金)より、テアトル新宿にて、レイトショーほか全国順次公開。主演:海老沢七海 監督:日下玉巳 インタビュー

映画『冗談じゃないよ』5月24日(金)より、テアトル新宿にて、レイトショーほか全国順次公開。主演:海老沢七海 監督:日下玉巳 インタビュー

映画『冗談じゃないよ』が、5月24日(金)より、テアトル新宿にて、レイトショーほか全国順次公開。今回、主演の海老沢七海さん。そして、日下玉巳監督にお時間をいただき。本作制作のきっかけや思いをうかがいました。

■ 映画『冗談じゃないよ』主演:海老沢七海 監督:日下玉巳 インタビュー

▼本作制作のきっかけ、経緯

-本作制作のきっかけ、経緯(大まかな流れ)について教えてください。海老沢さんの30歳の節目に、海老沢さんからの目標・思いを受け取った日下監督が映画にすることを決め、企画が進んだのではないかと思うのですが、実際には、どのようにこの企画の相談、計画、実行(脚本執筆、資金集め、賛同者への声がけ、撮影…に至ったのでしょうか。

【参考】作品に関連するコメント(クラウドファンディングサイトより)

本企画は、海老沢が30歳になるこの節目に、 「人生初の主演に挑み、代表作を残す」という目標を掲げて進めてきた自主制作映画です。

海老沢七海
もうすぐ30歳になるというのに仕事で結果を出せずに時間だけが過ぎていく感覚がありました。 家にこもって堕落した生活を送っていましたが、「そんなんじゃダメだ」と思いました。

「負けてたまるか!」という精神で家から飛び出しひたすらに自転車をこいだら、300キロ漕いでいました。そこは新潟の日本海でした。

静かな海は、自分を試しているかのようで、不気味な静けさがありました。我に返り、「こんな所に何をしに来てるんだ。東京に帰って、とにかく人に会って話がしたい」と、思いました。実際に人と会って、話をしていく中で、旅の出来事話す自分の姿を、仲間たちは面白がってくれました。「そうだ。僕は、俳優という仕事で人を魅了したいんだ」と、その時に再確認しました。そこで、自信を取り戻し、以前から付き合いのあった日下監督に「主演でオリジナルで長編映画を撮ってくれないか」と伝えました。

海老沢七海

日下玉巳
海老沢さんから「俺主演で映画撮ってくれ!」とメッセージをもらい、深夜に電話をしました。

 同世代で頑張っている人の話や、今の自分の状況、「もっとこうしたいんだ」など色んな話を聞きました。「これは何だか面白いことになりそうだ、やってみたい」と思い、すぐ話に乗りました。2人から始まったので、少しずつ一緒にやりたい方を見つけ、いきなりDMをしたり、企画について話したりで、仲間を増やしました。本当に初めてのことばかりだったので、人間関係において学ぶことが沢山ありました。私は、スコーン!と抜けている部分があるので、本作の制作で「ほうれんそう(報告連絡相談)」をすることなど、基本的な社会人スキルを身につけていったと思います…。

日下玉巳

▼脚本の書き進め方

-脚本はどのように書き進めていったのでしょうか?やはり、日下監督が最初・または初期の賛同者だったのでしょうか?また、海老沢さんの経験をどのように脚本にしていったのでしょうか?

【参考】作品に関連するコメント(クラウドファンディングサイトより)

生まれて30年、俳優を始めて8年、思い描いていた自分には届いていない。こんなはずじゃない。 そのように息巻く彼の熱意に惚れて、たくさんの仲間が集まりました。

海老沢七海
本作は、70%自伝のようなものです。ですが、自分の過去を伝えるというよりも、作品として魅力的なものにしたかったので、監督には120%の自分を見せようと思いました。話すだけでなく、家族に会ってもらったり、本当に包み隠さず様々なことを伝えました。当時はあまりプライベートを人に知られたくない性格だったので恥ずかしさと怖さがありましたが、自分自身を見つめ直すきっかけにもなっていたと思います。

日下玉巳
脚本を書く上で、「海老沢さんの代表作を作る」というのが大前提にあったので、“どんな話なら代表作になるのか…”から悩みました。最初は、“児童養護施設から脱走した小学生と偶然出会う海老沢さん…”的なストーリーを考えていたのですが、徐々に海老沢さん本人の良さも悪さもそのまま作品に投影したいと思い、海老沢さん自身に近い役を書くようになりました。
当初、海老沢さんから出てくるエピソードは、単純に面白いものが多かったです。ですが、本人が嫌なことや、悪い部分も沢山聞く必要があると思い、海老沢さんの身近な人にも話を聞きました。本人が言われて嫌であろうことも聞きました。

本作は、実際のエピソードを脚色している部分もありますが、これが映画には出来ないと思うような強烈なエピソードもありました。海老沢さんは、様々な話を聞いた私から、怖がられるのではないか、と心配をしていましたが、全て受け入れるぞ!という覚悟で話を聞いていました。海老沢さんのヒリつく過去のおかげで本作ができました。感謝しています。

また、オーディションを開催したら魅力的な方が多すぎて、役を増やしたくなりました。オーディション終了から合否を出すまでの間に、急いで役を増やしたり、調整したりしました。そして、ご一緒したい方々を思い浮かべて、あて書きもしました。その時は大きな責任を感じながら脚本と向き合い、制作過程を振り返っても1番辛かったと感じます。

▼映画製作の仲間の集め方

-映画製作の賛同者(キャストだけでも、総勢41名とのこと)をどのように集めていったのでしょうか?耳にする話としては、友人・知人への直接の声掛け、シネマプランナーズ等の利用、オーディション開催等がありますが。

海老沢七海
本作はクラウドファンディングで資金を集め、制作しました。自分の人生に関わった全ての人に片っ端から電話をして、「僕を主演にしてくれないか」と、思いの丈を伝えました。保育園の友達から、東京に出てきた時のアルバイトの先輩など、合計200人以上に電話をしました。最初は、怪しまれることもありましたが、企画内容を聞くと「お前、やっぱり熱いな」「久しぶりに刺激もらったよ」「支援させてもらうよ」などの言葉をもらい、電話を切る度に、様々な想いが込み上げました。当時のアルバイトの先輩が「お前、どんどん顔つきが変わってるな。きっと責任感が生まれたんだな」と言われたことを今でも覚えています。

キャストは、役付きで41名の方に出演していただきました。オーディションをして、110名の方とお会いしました。その時に思ったことは「魅力的な人がこんなにもいる。なのに、どうして日の目を浴びることがなかったのだろうか。だったら、この作品で出来るだけ多くのキャストを出演してもらい、沢山の人に観てもらう映画にできないか」と監督と話し合いました。本作に出演していただいたキャストの方々は、本当に魅力的なんです。役付き、エキストラ問わず、自分にとって大事な存在です。

日下玉巳
お願いしたいスタッフさんの過去作品を見て、「この人と本作は考え方が合いそう」と思う方にDMをして直接会って話をしたり、信頼できる方からの紹介などで、スタッフを集めました。キャストは、オファーとオーディションで決めさせていただきました。想いのこもった作品だったので、芝居は勿論ですが、どういう気持ちで俳優をやっているのか、なども聞かせていただき、人として、一緒に作品を作りたいと思う方を選ばせていただきました。

▼印象に残っていること

メインキャストや初期の賛同者、本作製作に協力してくれたメンバーで印象に残っていることや選出理由を教えてください。

海老沢七海
主人公の1番の後輩に当たる塩谷進役は、当初オファーでキャスティングをしたいと考えていたのですが、中々イメージとピッタリ合う方が見つからず、難航していました。オーディションを開催した際、会場に入ってきた、ある役者を見た時に、ショックを受けました。自分が思い描いていた塩谷進役が入ってきたと思いました。それが、太田将熙さんです。彼は、オーディションで、とにかくコミュニケーションを大事にしていました。それは、当たり前のことだと思うのですが、一緒に作品を作る上でとても大事なことだと思いました。太田将熙さんが帰った後、監督に「塩谷進役いたね」と声をかけたことを覚えています。

また、母親の江田幸子役を演じていただいた、竹下景子さんとのシーンも印象深いです。竹下さんのの前で、溢れ出てしまう感情を抑える事が一番大変でした。笑

竹下さんとのシーンは、母親に会いにいくのが辛いけど、それでも会いたくて、今まであった真実を伝えて、母親だけには許して欲しかったという感情を表現するはずが、それとは違う感情も乗りました。

竹下さんの芝居から、経験した事のない力を感じました。

日下玉巳
キャスト全員の魅力をずっと喋れる自信があります!ほとんどのキャストにあて書きをしているので、愛を持っております。ここで、1人お名前をあげさせていただきますと、アベラヒデノブさんの技量にビックリしました。アベラさんの監督作「明日も晴れてもらわな困るわな」に、海老沢が出演しており、その繋がりもあり、アベラさんをオファーさせていただきました。アベラさんは「今どれくらいの画角で、どこまで動くべきか、何が必要か」を完全に理解した上で、観ていてワクワクするようなアドリブも入れてくれます。それも、そのアドリブがシーンにとってキーとなる大事な言葉になったりします。人柄も素敵ですが、監督・俳優の先輩としてカッコいいな、こういう風になりたいな、と感じました。

▼俳優・監督になりたいと思ったエピソード

-俳優、監督を目指したきっかけは何ですか?プロフィール等で記載されている内容等を掘り下げて、より詳しく教えてください。

海老沢さんの情報

夢は、漁師か消防士だったが、高一の時イギリス留学をきっかけに人と人とのコミュニケ ーションの大切さを知り、俳優を志す。

海老沢七海
高校一年生の時に、母親がイギリスに短期留学をさせてくれました。現地ではうまく話せない言語を使い、コミュニケーションを必死に取ろうとしている自分に、現地の人たちは優しく、言語を理解しようとしてくれました。その時に、言葉を伝える大切さを感じました。留学に行く前は、将来の夢は、漁師か消防士だったのですが、日本に帰ってきた時に、母親に「俳優になりたい」と言いました。そこから、高校卒業後、アクターズクリニックに通い、今に至ります。

日下さんの情報

6歳から芸能活動をスタートさせ、映画・ドラマ・CMと幅広い分野で活動。   19歳の時に、舞台のオーディションに落ち「舞台が完成するまでに、私も何かしたい」と、 独学で映画製作を始める。

日下玉巳
5歳の頃に「テレビに出たい」と言ったらしく、子役事務所のオーディションを受けさせてもらいました。6歳から15歳まで、毎週レッスンに通って芝居をしたり、事務所の合宿に行っていました。周りには活躍している子も多く、とても悔しかったです。私は、レッスンでは褒められるタイプなのですが、オーディションには全く受かりませんでした。そのギャップも辛かったです。どんどん大人の顔色を窺って、褒められる為に芝居をやっている節がありました。そんな自分にも飽き飽きしていた19歳の時、舞台のオーディションを受けました。とても出演したい舞台だったのですが、落ちてしまい、「この舞台に出る人たちは、2〜3ヶ月で何かを成し遂げるのか」と思った時に、「今は誰でも映像は撮れる!」と舞台の演出家が言っていたことも思い出し、「自分が監督で映像を撮ってみよう!」と思い、即行動しました。その時に撮った作品は全く公開していないのですが、そこから監督を始めました。

▼どのように出会ったか

-お二人はどのように出会ったのでしょうか?いつ頃?作品での共演等?

海老沢七海
髙橋雄祐という本作にも出演してくれている監督・俳優がいるのですが、彼の監督作品「屋上園」に、お互い出演したことで出会いました。「屋上園」は、私(海老沢七海)、日下玉巳、髙橋雄祐の3人が出演しています。当初、女性役が見つからず、Instagramで個性的な人を探していました。そこで、たまたま、日下監督を発見し、とても個性的で作品にも合っていると感じ、知り合いを通じて声をかけたことで出会いました。

日下玉巳
知り合いから、髙橋雄祐監督の「屋上園」の出演の話をいただき、海老沢さんと出会いました。初対面の海老沢さんの印象は無愛想な人だな、と思っていました。話している内に思想が強くて面白いなと思い、本作を作る前から定期的に会って話したりしていました。

▼「ニューラゴーン星」とは?

どういった発想から生まれたか?また、どのような場所・星ととらえるか、とらえたらよいか。

海老沢七海
ニューラゴーン星を直訳で日本語にすると、「新潟」になります。自分が本作を企画するきっかけにもなった300キロ自転車を漕いで辿り着いた、新潟県からインスパイアしています。自分は、新潟に辿り着いた時、日本ではあるのに、どこか遠くの異世界に来てしまった感覚がありました。監督にも、そのような感覚を伝え、惑星のシーンが作られました。1人になった時に、自分自身を再確認して、本当に大切なことに気づくのが、人間の本能的な能力なのではないかと考えています。

日下玉巳
俳優が主人公の話だけでは、ありふれていると思い、何か一捻りしたいと考えていました。その時に高校生の時に読んだ「5億年ボタン」というネット漫画を思い出しました。「このボタンを押すと押した者の意識は何もない異次元空間に転送され、そこで5億年の時を過ごす。 そして5億年経過後に押した者は元の世界に戻され、100万円が手に入るが、この際押した者は記憶を消されるため、押した者の自覚では押した直後に100万円が手に入る」という内容で、とても怖くて頭に残っていました。また、ロバート ロドリゲス監督の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」が、前半と後半で全く違う映画じゃん?!というくらいテイストが変わっており、その可笑しさにも憧れて、ニューラゴーン星を考えました。脚本の時点では、ニューラゴーン星のシーンは、1箇所になっており、自転車で現実から逃げ出しだ主人公が行き着く先になっていました。「何もない場所で自分を見つめ直し、自分の人生を取り戻す」という意味合いで考えていました。ですが、編集で繋いでみると、分かりづらく、プロデューサーさんにも「ニューラゴーン星のシーンを何箇所かに散りばめてみては?」と提案され、現在の本編になっています。散りばめてみると、「夢を追ってこだわりを突き通している主人公だけど、どこか空虚で、そのこだわりは、俳優としてのこだわりではなく、自分のアイデンティティーの曖昧さからきてるのではないか」と感じるシーンになっていると、私は感じています!

▼本作から得られたもの

-『冗談じゃないよ』を製作しての感想。また、製作の時間や経験を経て、得たもの・感じたものは?

海老沢七海
初めは海老沢七海の代表作を作る!という思いで企画から始まったのですが、今や、キャストスタッフ合わせて100名近くのマンモス制作チームになったんです。何かをやり始めたら出会うことのなかった人達と繋がることができて、大きなカルチャーすら生むことができるんだと感じました。

日下玉巳
初めての長編映画監督で、スタッフも20〜30人程いて、「監督たるもの全てを把握して、適格な指示で皆んなを引っ張っていかなくてはいけない!」と、ガードを固めて現場にいました。ただ、そんな状態では上手くいかず、気持ちが崩れた時、キャストに対して「どのように考えてますか?」と質問できるようになりました。そうやって相手に頼った時、返ってくるものが大きくて感動しました。今までの私は、何かに傷つくことを恐れて、人を心から信じていない部分がありました。最後まで、私の弱い部分を曝け出せず、全員に対して心から頼ることはできませんでした。撮影後、その事を1番後悔しました。分からないときは、分からない!と堂々と言い、弱音も吐く時は、吐いて、みんなで支え合い、考えられるような現場を作れる監督になりたい、と今は強く思っています。

▼撮影のエピソード

撮影中に印象に残っているエピソードをひとつあげてください(どんなシーン?印象に残った理由)

海老沢七海
ラストシーンを撮影するにあたり、感情や環境にかなり苦戦をしました。

自分なのか、役なのか気持ちの境目が分からなくなり、役から抜け出せなくなりそうで怖くなり、現場から逃げ出したくなってしまいました。気づいたら、撮影のスタート位置から、かなり離れたところに自分が立っていました。遠くから、監督が走ってきて「何してるんですか?早く現場に戻ってください」と言われた時は、初めて「この環境辛いな」と思いました。ですが、大変な想いをした甲斐もあり、感情揺さぶるシーンが出来あがったと思っています。

日下玉巳
エピソードが多すぎて1つに絞るのが難しいのですが…高円寺でグッナイ小形さんの路上ライブシーンの撮影時に、ふと後ろを振り返ったら50人くらいの野次馬がいました。「この現場に、こんなにも野次馬が?!」というギャップが面白くて覚えています。あと、劇中で小形さんの演奏を見るまでに、大橋未歩さんと、海老沢七海さんが歩くシーンがあるのですが、スタッフ4人に通行人役として出演してもらいました。緊張なのか歩き方がおかしすぎて、何度観てもツボです。

▼メッセージ

-映画を観にいらっしゃる方へのメッセージ(見どころ、ここをみて欲しい…など)

海老沢七海
観てもらったら分かりますが、たくさんの魅力的な出演者がいて、彼らも何か成し遂げようとしています。なので、何かを成し遂げようと思っている人達が、何かをやり始めたらすごいウェーブが起きるんだよ!ということを、映画を通して体感してほしいです。僕は、上映のある日は全日劇場にいますので、映画の感想はもちろん、世間話をしに来てください!お待ちしております!

日下玉巳
一歩踏み出すことで、こんなにも世界は変わっていくんだと、本作の制作を通して感じ続けてきました。夢を追い人に捧ぐ映画です。格好悪くても進んでいく主人公の生き様が、観た人の心に寄り添ったり、共に戦ってくれるような存在になれば嬉しいです。劇場でお待ちしています。


映画『冗談じゃないよ』

キャスト
海老沢七海
太田将熙 辻(ニッポンの社長)
大橋未歩 日下玉巳 アベラヒデノブ 髙橋雄祐 サンディー海
佐野岳 松浦祐也 
竹下景子

監督 脚本 編集:日下玉巳 
©︎映画「冗談じゃないよ」製作委員会
2023/日本/5.1ch/カラー/89分/映倫区分G

公式サイト https://joudanjanaiyo.com

【公式SNS】
<instagram>@jodan_film  
<X(旧twitter)>@jodan_film 

5月24日(金)より、テアトル新宿にて、レイトショーほか全国順次公開


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