映画『渇愛の果て、』は、「家族・人間愛」をテーマにし、あて書きベースの脚本で舞台の公演を行なってきた「野生児童」主宰の有田あんが、友人の出生前診断の経験をきっかけに、助産師、産婦人科医、出生前診断を受けた方・受けなかった方、障がい児を持つ家族に取材をし、実話を基に制作した、群像劇。助産師・看護師・障がい児の母との出会い、家族・友人の支えにより、山元家が少しずつ我が子と向き合う様子を繊細に描きつつ、子供に対する様々な立場の人の考えを描く。
今回、監督・脚本・主演の有田あんさんにお時間をいただき、本作にまつわるお話をうかがいました。
■ 映画『渇愛の果て、』監督・脚本・主演の有田あん インタビュー
▼本作制作のきっかけとなったご友人との関係
-まずはじめに、本作制作のきっかけとなったご友人との関係について教えていただけますか?
有田あん
彼女とは地元・大阪の幼いころからの友人です。頻繁にではないですが、大人になってからも何かあれば連絡をとるような関係でした。「妊娠したよ」というお知らせももらい、数回やり取りをしました。しばらくして、この映画のストーリーにも組み込んでいますが、「切迫早産をしそうだから緊急入院し、羊水検査をうけた。子供に異常はなかったみたい。でも…身体に少し異常があるかも」という連絡が来ました。私は少しおせっかい焼きな性格なので、相談されると気になってしまうんです。彼女から話を聞いた時も「そうなんだ…」と流してしまうことはできず、そこからは頻繁に連絡をとるようになりました。
-まさに、作品の中の眞希と渚の状況に近かったんですね。
有田あん
妹の渚と私が演じた眞希の電話のシーンは、私と友人の電話のシーンにかなり近くて、まさにあんな感じでした。友人が出産した日の夜に電話したのですが、まさに劇中の感じで…。「ちょっと待ってて」と、恐らく枕元に電話を置いていたみたいで。そこまで長くなると友人も思ってなかったんでしょうね。その間、看護師さんとの会話がずっと聞こえていました。1、2時間つながっていたと思います。夜中の3時か4時くらいに電話を切ったのを覚えています。
▼本作制作のきっかけとなった友人の言葉
-最初の連絡から時間が経ち、友人からの相談が始まるという大きな変化があり、そしてこの映画のきっかけは友人の言葉だったそうですが、その言葉とは?
有田あん
友人が、「(この話を)誰か取り上げてくれないかな…」と言ったことが、映画制作のきっかけでした。その言葉は、映画のセリフにもそのまま使われています。映画の中で、医師から様々なことを言われるシーンがあります。難病というだけでも受け入れるのにも時間が必要なのに、法律について急に話され、友人はとても困惑した様子でした。
「手術をしないことは道徳に反している」と医師に言われた友人。そのような情報は調べても個人でその経験を話している人はなかなかいません。また、病名をSNSなどで検索しても、ヒットするのは、鍵アカウントばかりで、同じ境遇のご家族がどう乗り越えているのかも分からない。
そういう情報こそ、もっとメディアやテレビで取り上げられると良いなと。「誰か取り上げてくれたらいいのに」と友人に言われ、私ができることは作品にすることだと思いました。そこでコロナ禍で公演中止を決定するまでは舞台にしようと思っていたんです。
ちなみに、少々お話が複雑になりますが、実際は劇中の“りか”が数年後の彼女に近いです。こどもがすでにひとりいたから、二人目の子供について医師に何か言われても、色々と試して、こどもが生まれてからだいぶ強くなったと思います。
▼取材はどのようにはじめ、進めていったか
-どのような取材をおこなったのでしょうか?
有田あん
友人に「このテーマを舞台化してもいい?」と了承を得ることから始まりました。しかし、2020年3月にコロナ禍で舞台を断念し、映画にすることにしました。取材としては、脚本を書く前に、キャスト・スタッフ全員にアンケートを実施しました。例えば、「出生前診断という言葉をきいたことがありましたか」「もし妊娠したら出生前診断を受けますか」などの質問をしました。
皆さん協力的で、知人の話を教えてくれたりご自身の時はどうだったかをお話ししてくれました。また、関係者の紹介で”高齢出産をされた方”や“出生前診断を受けるか迷った方”にも話を聞きました。取材協力として助産師の高杉絵理さん(助産師サロン)、産婦人科医の洞下由記さんにお話を伺いました。お二人ともお子様がいるので、お二人がどういうことで妊娠・出産中に悩んだか、なども詳しく聞きました。合計40名近くの方にお話しをお伺いしたと思います。また、それとは別に参考文献を読んだり、NHKのドキュメンタリーを観たりしました。
▼脚本はどのように書き進めたか
-脚本をどのように書き進めていったのでしょうか?制作のプロセスにとても興味があります。この話を脚本に書き進めるのは大変だったのではないでしょうか。特に親友グループの登場や、男性側の視点についても教えてください。
有田あん
最初は夫婦を中心に、周りの家族や親友の気持ちも描きたいと思っていました。また、友人から「医者側、家族側どちらかが悪いという話にはしないでほしい」という要望は聞いていて私もそのほうが良いと思ったので、医療従事者側の視点も入れたいなと思い、監修を洞下さんにお願いしました。
親友グループの設定は、取材をもとに様々な妊娠や出産に対する考え方も持った人を登場させたいと思い考えていきました。一つの価値観だけで話を進めると、誰かの考えを否定してしまう可能性があると、取材を通して改めて感じたからです。
男性の視点をちゃんといれたいと思ったのは、Zoomで行った初めての本読みのあとの男性キャストの一言がきっかけでした。キャストの皆に感想を聞いていったのですが、ある男性キャストが「こういう時、男って何て言っていいか分からない」という意見をくれました。それはすごくリアルな声だなと思いそのままセリフに反映させました。”分からない”ことを言えないことって凄く苦しいし、男性は特に後ろめたくなってしまったりすると思うんです。その状況も描きたいなと思いました。
出産や妊娠に関する多様な立場からの様々な考え方を描くことで、自分だけでなく他の方の考えも想像できるような、それによって少しだけ優しい世界に繋がるような作品になればと思い執筆しました。
▼タイトルの決定時期は?
-タイトルはいつ決めたのでしょうか?
有田あん
タイトルは舞台の準備をしていた時から決めていました。’渇愛’が仏教の言葉ということは分かっていましたが、”子供を望む”や”普通の幸せが欲しい”という気持ちを渇愛という言葉に込めました。そして、“望んだ末に出した答え”という意味合いとして”果て”という言葉を繋げました。
末尾に“、”をつけた理由は、「終わりではなく、人生はここから続く」という思いからです。ちなみに、以前、本作にも出演している小原徳子さんの生誕祭で「アリ(有田)ちゃん監督やってみない?」と言われ、認知症のお母さんと姉と妹の物語で、姉が小原さんで私が妹という設定で, 出演者が3人の短編を初めて撮りました。その時も最後に”、”をつけ、『光の中で、』というタイトルをつけました。”完!”みたいにするのが好きじゃないのかもしれません。
今回の作品も同様に、最後のシーンを見て「おしまい」ではなく、その先の人生が続くことを表現したいと思いました。ラストシーンの感じ方は人それぞれだと思いますし、それでいいなと。このあとあの家族がどうなっていったかは、皆様の想像にお任せします、と思っています。
▼とある映画でも有名な、あのセリフについて
-「Don’t think. Feel!」というブルース・リーの作品のセリフが登場しますが、このセリフに思い入れなどはあるのでしょうか?
有田あん
ブルース・リーは小学校の頃に兄弟で観て、よく真似をしていました。ジャッキー・チェンなどの作品も好きでしたね。そういう意味では思い入れがありますし、結局迷ったときはこの言葉だなと思ったりします。
助産師役の輝有子さんとは仲が良く、世代的にもブルース・リーを見てきたので、その魂を受け継いでいるような感じで言わせたら面白いかなと思いました。
助産師によるレクチャーのシーンは本当はもっと長かったのですが、全部使うと授業のようなシーンになってしまうので、軽く終わらせるために短くしました。実際、レクチャーを受ける看護師役の伊島青さんは世代的にこの言葉を知らなかったので映画の中でも初めて聞いたという設定で書きました。
▼取材を通じて
-取材を続けていく中で、考え方が変わったことや、本当にやってよかったと思うことはありますか?
有田あん
制作を始めた当初は、「これがきっかけで、将来の出産や妊娠について考える一助になればいいな」と思っていました。特に“出生前診断”という言葉を知らない人に、「こういう選択肢もあるんだよ」という映画として届けたかったんです。
実際に取材を進める中で、私自身も「さて、どうするの?」という疑問を深く考えるようになりました。35歳以上が高齢出産(日本産婦人科学会では初産で「35歳以上」を高齢出産としているそうです)とされていて、妊娠の成功率が半分になるという事実を改めて聞くと、「35歳で高齢出産か…それって若くない?」と感じました。2020年に制作を開始してから、追撮や編集を経て2024年までの4年間、この作品と向き合うことは同時に出産や妊娠について向き合う時間にもなりました。
特に印象深いのは、2020年の冬の部分の撮影後に本作の監修医の洞下さんのところでブライダルチェックを受け、自分の卵子の状態を確認したことです。この映画に関わっていなければ、検査を受けようとは思わなかったと思います。
洞下さんから「まずは自分の状態を知るところからやってみてもいいかもね」と言っていただき、「確かに」と納得しました。
この映画がきっかけで、夫とも出産や妊娠について深く話し合うようになりました。
取材やリサーチを通じて得た知識や情報が、実際に自分の人生にどう影響するかを改めて実感しました。最近、夫と喧嘩したときには「『渇愛の果て、』をもう一度見直そう」と話すこともありました(笑)。男性も、どれだけ理解しようとしても体感することはできないので、女性に完全に寄り添うことが難しい場面があると思います。「支えなきゃ、俺にできることは。今後の為にはお金が必要。まずは仕事を頑張らなきゃ」という思考になってしまうこともあると思うのですが、なにより事あるごとによく話し合ってくことが大事だなと思います。
この映画が、パートナーや大切な人と話すきっかけになったら良いなと思います。
▼メッセージ
-お客様へ向けてのメッセージをいただけますか?
有田あん
この映画のテーマである妊娠・出産・子供という話題は、とても重く感じられたり、「自分には関係ないのでは?」と思われがちです。しかし、この映画は「小さな第一歩になればいいな、考えるきっかけになればいいな」という思いで作りました。なので、知識や前情報がなくても楽しんでいただける作品です。
一度も出産について考えたことがない方でも、男性でも、パートナーがいらっしゃらない方でも、少しでも気になるワードがあれば、ぜひご覧いただきたいです。この映画が皆さんにとって大切な人のことを考える・そして話すきっかけになると嬉しいです。
■ 映画『渇愛の果て、』
STORY
山元眞希は、里美・桜・美紀の4人から成る高校以来の親友グループに、「将来は絶対に子供が欲しい!」と言い続け、“普通の幸せ”を夢見ていた。妊娠が発覚し、夫・良樹と共に順風満帆な妊婦生活を過ごしていた眞希だが、出産予定日が近づいていたある日、体調不良によって緊急入院をする。子供の安否を確認するために出生前診断を受けるが、結果は陰性。胸をなでおろした眞希であったが、いざ出産を迎えると、赤ちゃんは難病を患っていた。
我が子を受け入れる間もなく、次々へと医師から選択を求められ、疲弊していく眞希。唯一、妹の渚にだけ本音を語っていたが、親友には打ち明けられず、良樹と子供のことで悩む日々。
そんな中、親友たちは眞希の出産パーティーを計画するが、それぞれの子供や出産に対する考えがぶつかり…
出演:有田あん 山岡竜弘
輝有子 小原徳子 瑞生桜子 小林春世 大山大 伊藤亜美瑠 二條正士 辻凪子
烏森まど 廣川千紘 伊島青 内田健介 藤原咲恵
大木亜希子 松本亮 関幸治 みょんふぁ オクイシュージ
監督・脚本・プロデュース:有田あん
監修医:洞下由記 取材協力:高杉絵理(助産師サロン)
撮影:鈴木雅也 谷口和寛 岡達也 編集:日暮謙
録音:小川直也 喜友名且志、西山秀明 照明:大﨑和 大塚勇人
音楽:多田羅幸宏(ブリキオーケストラ) 歌唱協力:奈緒美フランセス(野生児童)
振付:浅野康之(TOYMEN)
ヘアメイク:佐々木弥生 衣装監修:後原利基
助監督:藤原咲恵 深瀬みき 工藤渉 制作:廣川千紘 鈴木こころ 小田長君枝
字幕翻訳:田村麻衣子 配給協力:神原健太朗
宣伝美術・WEB:金子裕美 宣伝ヘアメイク:椙山さと美 スチール:松尾祥磨
配給:野生児童
2023/日本/97分/カラー/アメリカン・ビスタ/ステレオ
©野生児童
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