11月18日(土)より、加藤綾佳監督の最新作映画『東京遭難』が、新宿K’sシネマを皮切りに全国順次公開。W主演の木原勝利・秋谷百音と加藤綾佳監督にお時間をいただき、10年以上前に交わした加藤監督と木原さんとの会話を振り返るとともに、撮影現場で大きく成長した秋谷さんの気づきについて語っていただいた。
- 1. ■『東京遭難』木原勝利・秋谷百音・加藤綾佳監督インタビュー
■『東京遭難』木原勝利・秋谷百音・加藤綾佳監督インタビュー
▼本作制作のきっかけ
-本作は10年以上前、加藤監督が監督になる前に書いた物語がもとになっているとうかがいました。10年以上の年月を経て、撮影に至った経緯・きっかけを教えてください。
加藤綾佳監督
12年以上前にストーリーの発端として、「サラリーマンが酔っ払ってカバンや財布や携帯電話を失くしてしまい、そこから電話ボックスで女性に電話をかける….」というところまでの話は書き始めていたんです。そこからロードムービーが始まる展開にしたいと考えていたのですが、特に構想をすすめることもなく月日が経ってしまいました。
そして昨年2022年の春頃に、お台場の観覧車が解体される事を知りました。「2度とこの観覧車がある光景が撮れないのか…」と思ったときに、妙な使命感に駆られたというか「撮らなきゃいけない!」という気持ちになったんです。
その頃ちょうど、今回撮影をしてくださった福本淳さんと仕事をしたドラマの編集でお台場にいまして、福本さんと喫煙所でタバコを吸いながら、「観覧車が無くなるんです」という話をして、「それを撮りたいです」、「映画にしたいんで考えます」と伝えたんです。
観覧車の解体はその年の9月から始まるということで、数ヶ月後には撮らなければいけないとなった時に、ふと昔考えていたサラリーマンの物語のことを思い出しました。そのサラリーマンが出会う相手をお台場観覧車と関連させることで物語をドッキングできないかといろいろ考えたんです。それが合わさって今回の企画ができました。
▼加藤監督の作品作りにあたっての想い
-この話を聞いて、解体される観覧車という無くなっていくものであったり、年号が令和に変わる直前に加藤監督が呼びかけた『平成最後映画』など、“遺す・遺したい”という気持ちやこだわりがあると感じました。そういった点についてご自身で感じるものはありますか?
加藤綾佳監督
そうですね、あるのかもしれないですね。私はすごく寂しがり屋なので、なくなってしまうことや、そのときの思い出がないと「寂しい…」と強く思ってしまう人間なんです。なくなっていくことに対しての思い入れは人一倍強い気がします。
▼加藤監督作品の特徴と起源
-監督作品の過去作『おんなのこきらい』や『いつも月夜に米の飯』と今回の『東京遭難』の共通項として、若い女性と年上の男性、そして、その恋心や微妙な関係を描いている点に気付きました。
加藤監督作品らしさとして感じたこの点について、ご自身でお気づきの点はありますか?
加藤綾佳監督
元々、年齢差があるバディものが好きなんです。今回は男性の方が年上でしたけど、その逆で女性が年上でもいいですし、男性側が年下・子どもでもいいです。例えばおばあちゃんと子供みたいなのもすごく好きです。
そこまでの年齢差でなくても、30〜40代の女性と少年という物語も今後描きたいと思っています。凸凹コンビとでもいえばいいでしょうか。
自分が撮る側としてだけではなく、元々私がそういった作品が好きというのもありますね。
▼主演二人の選出について
◆10年越しの約束
-キャスティングについてうかがいます。木原さんのキャスティングには、10年以上前に遡る話があるそうですね。
木原勝利
僕と加藤監督のそもそもの出会いは、十二、三年前に大阪で撮影した作品になるんです。その作品は監督もスタッフも皆さん東京の人で、そのチームの中でまだ監督をしているかしていないかくらいの時期の加藤監督に出会いました。
「木原さんで恋愛映画を撮ったら面白いですよね〜」って加藤さんと話したんです。僕がそのときに出演していた映画の役といったら、大阪の西成あたりのチンピラの役でしたけど。
加藤綾佳監督
そんな人がお酒の席で言われることをあてにしちゃ駄目だよ(笑)
木原勝利
けどそんなこと言われたことがないじゃないですか。「僕で恋愛映画…?あまり求められる要素じゃないけど…」って思いますが嬉しいじゃないですか。
なのでそのとき「そうですか、いいですね!」って言って、映画の組が終わって、加藤さんは東京へ帰り、僕も後から上京したんですけど、そのことを僕はずっと忘れないわけですよ。
「“俺で恋愛映画撮りたい”って言っていたよな…」と、ずっと思っているわけです。
仕事で再会した時に、「“僕で映画を撮ったら面白いですよね”って言っていましたよね」ってたずねたら、「あぁ、言った、いった!」って覚えてくれていたんですよ。
覚えているってことは嬉しいわけです。「覚えているんだ…」って。
だからといって、もう今やいくつもドラマ等を撮影されていて忙しい方で、全然声をかけてくれない、「僕で映画を撮ってくれることはないんだろうな…」と思っていつつ、たまに飲んだり、おしゃべりするような関係だったわけですけど、「お台場の観覧車がなくなるから撮らなきゃ」っていう話がでたわけです。僕はそんなに思わないですけど。加藤さんは思っているんで。
過去に考えていたサラリーマンの話と若い女性のロードムービーで、40過ぎのおじさんという登場人物のキャストを考えるときに僕を思いついてくれて、キャスティングしてくれたというのは、“10数年越しの約束が実った!“と感じました。
加藤綾佳監督
恋愛映画ではなかったですけどね。
木原勝利
確かにそういう結果ですが。
-監督としては実際に覚えていたのでしょうか?
加藤綾佳監督
覚えてはいました。
木原勝利
「そんなこと言ったよな…」って?
加藤綾佳監督
こういう形になるとまでは考えていなかったですが、いつか映画でご一緒したいということは思っていましたね。
木原勝利
いや〜嬉しいです。
◆いい感じに肩の力を抜いて
-秋谷さんの方はオーディションとのことですよね。オーディションの前に脚本を受け取るような機会はあったのでしょうか?
加藤綾佳監督
オーディション台本は当日渡しですね。1、2行の設定しか書かれていない程度のものでした。
秋谷百音
あらすじとして、“相手が男の人で旅をしています…”くらいの内容で、ほとんど情報がありませんでした。
木原勝利
その情報はオーディション会場に行ってから初めて見たってこと?
秋谷百音
オーディション情報の要項で、「サラリーマンと女性…えりなが出会い、旅をする」ぐらいの情報しか書かれていませんでした。
当日に、オーディション会場でお芝居をするシーンのオーディション台本を見て、「こういう会話をするんだ…」と知りました。それが最初に知った内容ですね。
木原勝利
オーディションを受けに行ったときの意気込みはどんなかんじだったの?
秋谷百音
事務所の中で加藤監督や監督作品の話を聞いていたので、「あの加藤監督の作品のオーディションなんだ…わぁ、監督に会える!」という感じでした。とても面白い方だというエピソードを聞いていたので、「本物と会えるんだぁ」と思っていました。
ただ、オーディションに行くときに、どんな作品なのかが全く想像がつかないので、「絶対に(役を)とってやる!」という気持ちはなく、「加藤さんっていう人とお話ができたらいいな」という感じでした。
木原勝利
すごいね。
秋谷百音
何をするかもわからないので準備をしようがなくて、変に作り込まずに自分の状態で見ていただけたらいいなと臨みました。
-わからない分、決め打ちではなく、肩の力を抜いて臨めたんですね。
秋谷百音
はい、それがよかったのかもしれません。
-肩の力が抜けている感じは監督から見ていかがでしたか?
加藤綾佳監督
その感じはありましたね。「別作品で出演されていらした作品を私も見ましたよ」って言ったら、 「あぁ、あれ寒かったんですよ~」ぐらいのノリで(笑)。ある種それが「この人はえりなというキャラクターを力まずに演じられる人なのかもしれない」と感じた理由かもしれないです。
秋谷百音
そんな会話をしましたね。
加藤綾佳監督
ある意味、えりなはとらえどころのないキャラクターなので、そこも含めてお願いしたいと思いましたね。
木原勝利
秋谷さんを選んだ決め手は?
加藤綾佳監督
見た目の説得力がありますし、えりなっていうキャラクターは最初に進一が思っていた設定とまた違う正体が出てくるじゃないですか。
木原勝利
二面性が必要ですよね。
加藤綾佳監督
見た目も、内面的な部分も、両方が成立する必要性があって、そこを秋谷さんはクリアしていた上で、気負わなさという点も選出理由にあるかもしれないですね。
現場の話になってくると、撮影中は実は気負っていたんだなってことも後からわかったんですけど。 一緒にこの子と作品を作りたいと感じました。
秋谷百音
嬉しいです。
-加藤監督作品って俳優を選ぶ能力に特に光るものを感じていて、今回もきっちり選ばれているなとおもいました。
▼ロードムービーとなる本作のエピソード
◆爆泣き事件
-ロードムービーである本作。撮影時のエピソードを聞きたいと思います。 SNSでも皆さん情報発信されています、“三崎漁港でお芝居に悩んで1回爆発した”という一文を目にしたのですが、これは?
加藤綾佳監督
えりな爆泣き事件ですね。
秋谷百音
その話は自分の中で大きな出来事でした。
“三崎漁港爆泣き事件”って文字通りそのままですけど、合宿撮影中の夜に大事なシーンの撮影のときのことでした。
加藤綾佳監督
段取りという「まず、お芝居をお二人で思った通りにやってみてください…」から、「私はもっとこうしてほしい」など、芝居のディスカッションや演出をする、その最中のことです。
秋谷百音
普通の流れなんですけどね。悩んでいたのもあると思うのですが…段取りでの、最初の木原さんのお芝居が…怖かったんですよ。
木原勝利
旅館のシーンで、彼女の素性がわかったときに対する僕の反応…驚き・怒り・いろんな感情が外に強く出たお芝居をしたんです。
それに対する秋谷さんの反応が「進一はいいけど、木原さんは怖い!」となってしまったんです。
秋谷百音
「おとな嫌い!おとなって怖い!」と…コントロールできなくなってしまったんです。
木原勝利
彼女の感情が溢れてきて、目からたくさん水が出てきて、こっちも「そんなつもりじゃなかったのにどうしよう…」と思って1回ちょっとブレイクを挟んだんです。
加藤綾佳監督
我々も、「一旦、外の空気を吸いに行こう」と言ったんです。
木原勝利
僕もテンパってどうしようと思って、「俺も行った方がいい?」って聞いたら、「来なくていい…」と言われて。
旅館に泊まりながらの撮影だったんですけど、外は小雨が降っていて真っ暗な中を監督と秋谷さんの2人が海沿いを衣装のまま歩いて行ってしまったんです。
そのとき、スタッフさんたちは腰を下ろして休んでいたんですけど、撮影していた旅館の2階から1階まで行って、僕も外の空気を吸おうと玄関を開けて外に出たんです。ひさしがあるところまででて、追いかけようとも思いましたけど、そういうことじゃないなと思って、ひとりで右往左往していました。
映画的にもストーリーが転がり始めるきっかけとなる大事なシーンの中で、「どうしたらいいんだろう…」って。うまく成功させたいという俳優としての思いもありますし、「自分が出したお芝居も間違いではないよな…」と思う気持ちがぶつかり合って一旦壊されて、秋谷さんも加藤監督も帰ってきて、「では撮りましょう」となりました。
具体的に「じゃあどうする」とか、「こうしたらいい・ああしたほうがいい」といった話は特にしなかったですよね。
加藤綾佳監督
そうですね。秋谷さんと私はとりとめのない会話をしながら夜の海を見ていて、「そろそろ戻ろうか」と言って戻ったんです。
それで撮影を再開する前に秋谷さんが「まぁ、やってみます」って言ったんです。
◆立場が逆転。「仕留めてやる」
加藤綾佳監督
結果として最初のお芝居とは、2人とも全く違うものになっていたんです。最初は“「どうしていいかわからない」ということでお芝居がうまくいかない側の秋谷さん”と“大きめに感情を出した側の木原さん”だったのが、逆転していたんですよね。
1回まっさらになった状態でやっていたえりなはすごくストレートにお芝居をされていて、逆に進一側がものすごくテンパった状態をしていて、わからなくなっているっていう。
木原勝利
立場が逆転したんですよね。
進一はどうしていいかわからない状態で、えりなは持っている目的をしっかりと遂行するようなベクトルがはっきりとしているお芝居になりましたね。
こちらとしては、実際にもうどうしていいかわからないという状態になったっていうのはありましたね。
加藤綾佳監督
私はその状態をみて、もう一発でこれはすごくいいシーンになるというか、この感じでどんどん撮っていこうとその瞬間に思いました。
木原勝利
どんどん撮られていくんですけど、内心で僕は「これでいいのかな…?」と思い続けていました。
大事なシーンのカットがどんどん進んでいく中で、「このまま、これで撮って行って大丈夫なのか?」って。
加藤綾佳監督
進一の内心はもうぐちゃぐちゃだったもんね。
木原勝利
そう。もちろんシーンは全部大事ですけど、特に大事なシーンだと思っているなかで、「いいのかな…」と思った状態のまま撮り終えたから、僕はもう放心状態でした。
-作品の中での立場的にも、二人の立場とリンクしていく状況だったんですね。
秋谷百音
そうですね。初めて2人が対峙するというか…。
話が進んできて、1回目の山場というか、初めてガッと向き合って、心の取っ組み合いをするシーンだからこそ、技術や小手先のことだけではどうにもならないから、自分的には動物的というか、仕留めようというか…いい方があれですけど。
気持ちとしては、自分は悩んでいたし、どうこうできなくなった。
けれども、それを1回捨てて、 “仕留める”みたいなことを多分やったんだろうなと思います。
だからもう感覚的なところなんだと思います。
加藤綾佳監督
まだ映画を観ていない方に伝えるとすると、2人の関係性についての映画の中の一つ目の大きな山場、ターニングポイントなんですよね。
秋谷百音
それを撮っているときが撮影中の一番の出来事で、私の中では大きかったですね。
▼役が抜けない…
-一年前に木原さんの何かを感じさせるツイートがSNSにありまして、それは「撮影期間を終えても役が抜けなかった」 というものでした。
おそらく、『東京遭難』のクランクアップ後だと思うんですけども、これはどういう状態でしたか?
木原勝利
まだこの映画の情報を発表する前ですよね。
加藤綾佳監督
そうです。クランクアップした後ですね。
木原勝利
いつも僕は切り替えが早いのか、「終わったら、次…」みたいに普段はなるんですけど、『東京遭難』の撮影が終わってから、僕が演じる柳進一が見る目線…例えば公園にいる家族、赤ちゃんがいる人を見るとして、柳進一の目線と木原自身が見る目線は本来違うじゃないですか。
でも、柳進一を演じたことによってその柳進一の見え方が続いたんです。それで「あぁ、引きずってんだ…」って。
自分としてはもう解放したつもりなんですけど、そういうふうに物事や東京や社会がちょっと見えているときがあって、すごく強く自分に浸透していたのかなっていうのは後で感じましたね。役が抜けないことは滅多にはないんですけど。
-今までの木原さんの役が強面なので、今回は木原さんの若い頃を知っている加藤監督が本当の木原さんをわかっていてのキャスティングなのではないかと感じました。
木原勝利
東京に来てからキャスティングにあたってビジュアル面でのイメージで、ヤクザやチンピラ役が多くて、僕からしても今回の柳進一みたいな役は関西にいた頃はあったにしても、東京に出てきてからは多分ないんです。
だから、柳進一という役に入れることがすごく嬉しいとともに、加藤さんに話を聞いてみたら「当て書きだ」みたいなことを言うから、加藤監督から見たら、僕はそういう姿に映っていて、僕のそういう面を見てもらっていたということが自分でも新しい発見であり、嬉しいことでしたね。
加藤綾佳監督
強面の役はいっぱいやられていますけど、私からしたらそんなイメージはないんです。
木原勝利
でも、監督や業界関係者に会ったときに加藤監督は「もしビジネスヤクザの役とか必要だったらぜひ」って紹介してくれるんです。「そういう紹介の仕方か!」と思いますけどね(笑)。
秋谷百音
インテリヤクザ系ですよね。
加藤綾佳監督
でもこういう進一みたいな役もできるっていうのは『東京遭難』がヒットしたらみんな気づいてくれるから。
木原勝利
そうですね。
▼秋谷さんからみた木原さんのイメージ
秋谷百音
私は逆に、進一を通して木原さんを見たから、神経質そうというか、物事を重く捉えて、自分が悪くないのに自分が悪いように考えてしまうところがあるような。
神経質…っていうと言葉が違うんですけど、細かいことに気がつく人という印象です。
加藤綾佳監督
繊細と言うニュアンスの意味合いですかね。
木原勝利
そういう面もあるかも知れないですね。
加藤綾佳監督
役としての進一は、“この人ってすごく細かい人なんだな”みたいなところも木原さんと話しましたよね。
この人って、ご飯1膳も大体きっちりの量で冷凍庫にしまっているようなそんな人って。
秋谷百音
本編を観て、そう思いましたね。
加藤綾佳監督
2人がお弁当を買って食べるシーンとかも、「進一はビニール袋を慎重にたたむと思う」みたいな話とか。
木原勝利
そんな話したっけ?
試写の時に観て、後半ぐらいのお弁当食べるシーンでビニール袋をたたむ姿をみて、僕も改めて「たたんでいるな…」と思いました。「綺麗にたたんでいるな…」って。
秋谷百音
あれは無意識なんですか?
加藤綾佳監督
あれは現場で進一は袋たたみそうって言ったよね。
木原勝利
言いましたっけ?(笑)
秋谷百音
私は(撮影時に)それをみて、「たたむんだ…」って思いましたね。
そのときに、えりなとしても思ったんです。「進一ってたたむんだ…」って。
「細かい人だなー」って思いながらお弁当を食べはじめました。
木原勝利
へえ〜、その話をしたっていうのはおぼろげながら思い出したけど、あのときにしたかどうかは思い出せなくて、でもやっていたんだ。半ば無意識だったかもしれないですね。
秋谷百音
そういうのがあるんですよね。にじみ出る感じが。
▼「10時10分!」 「え!?」
-猫道のシーンで、えりなに車の運転を任せる時の「10時10分!」っていうセリフはアドリブですか?
木原勝利
それが気になったということですか?
あれねぇ…アドリブなんです!
アドリブっていうか、あそこのシーンはセリフがないんですよね。
加藤綾佳監督
台本には“進一がえりなに車の運転の仕方を説明し始める”みたいなト書きだけでした。
木原勝利
そう。「運転席に乗ってください。」、「私、免許持ってないんで」、「知ってます。教えるんで」というような、運転席まで促すまではセリフがあるけど、そこからはト書きしかなくて。
加藤綾佳監督
でも私がカットをかけないじゃないですか。
木原勝利
カットはかけないですからね。そんなことはもうお見通しですから。
自分が教習所に行ったときのことを思い出すわけですよ。
ハンドル(の握る位置)は“10時10分”みたいな。
「え?え?10時10分? あぁ、こう?」って。
加藤綾佳監督
あれ、現場にいたスタッフも全員が「10時10分? はぁ?」みたいな顔でしたね。
-進一の真面目さと、木原さんのキャラクターと。自動車教習所には通っていないであろう秋谷さんとえりなと、その場にいる若手スタッフと、すべてのギャップがあのシーンに含まれていて大好きなシーンです。
木原勝利
このシーンにきましたかぁ、嬉しいですね。
運転する時にハンドルの下の方を握ったりするじゃないですか。でも自動車教習所に行くと教官が「10 時10分の位置を握るんだ」って言うわけです。
加藤綾佳監督
その通りにきっちりと「10時10分」っていうのが進一っぽいなって思いますよね。
木原勝利
その後、アクセルは右足で踏むじゃないですか。「右がアクセルです。左がブレーキだ」って言った時に、えりなは免許持ってないから、実際、秋谷さんも免許を持っていないので。
そうしたらね、ブレーキをまんまと左足で踏んでくれるわけですよ。
秋谷百音
リアルですよね、わからないから。
木原勝利
ブレーキは左足で踏んじゃいけないわけじゃないですか。一度アクセルから足を離さなきゃいけないから。
秋谷百音
あぁ、そういうことなんだ。
木原勝利
だから右足ひとつで、アクセルとブレーキ操作をするという。
そういうのはうまくいったな…と。
うまくいったというものかわかりませんが。
加藤綾佳監督
作品を通して、あそこまで笑えるシーンって、あのシーンが一番じゃないかなと思いますね。
木原勝利
そこに気づいてくれていることが嬉しいですね。そこを見ていただいて、今回その質問をしていただいて。
“10時10分”の事を喋ったり、SNSであげたりしてないんですよね。嬉しいです。ありがとうございます。
加藤綾佳監督
あの場所は、“猫道”として浸透してきているから嬉しいですね。
木原勝利
もう 1st Generationさんのインタビューでしか聞けない。
他では聞かれてないですからね。
加藤綾佳監督
猫道といえば、最初はこういうロードムービーって一回中間地点で山場が必要だなと思って、何かトラブルが起こるか2人が喧嘩するかどっちかがだと思っていましたが、今回はトラブルの方を選びました。
木原勝利
やっぱりすごいですよね。
監督であり作家であるわけじゃないですか。そうするとやっぱり山場があったりっていう映画の構成を考えなきゃいけませんよね。
僕はストーリーを考える人間ではなく、人間としてどう演じるかを考える側なので、脚本家・監督としてそういうことを猫道があったり、山場を考えながら大変なものを入れてくれたなというふうに思っています。
▼スタッフ泣かせのロケーション
-撮影のロケーションの多さが特徴にあると思いますが、苦労したエピソードは?
加藤綾佳監督
私は元々、スタッフとして、制作部という映画やドラマのロケ地を探す部署の仕事もしていたので、脚本を読んだスタッフから、「これ本当に元制作部が書いた脚本なのか!?」という声があがりました。
制作部ってロケ地が多いことの大変さをわかっているから、ロケ地をなるべく削っていこうとするのが往々にして、どんな作品でもよくあることなんですけど。本作は予算が潤沢なわけでもないですし。全シーン、ロケ地が違うのでものすごい苦労もしました。
スタッフだけに任せるのではなく、私も一緒にロケ地探しをしたりもしましたね。中盤の方のシーンとして出てくる廃墟があるんですけど、最初はロケ地の条件として、移動距離的に近くで撮れる場所というものがあって、「本来私の理想の廃墟として思い描いているところって、(遠いけど)あの温泉宿街なんだよな…」と思っていたら、クランクイン直前まで最初の候補だった(近場の)廃墟の撮影許可が下りなくて、元々私がここでやりたいと思っていたロケ地で撮影することになったりしました。それ以外にも、2人が行く漁港の街も自分が実際に行ったことがある場所だったり、自分が上京してからの十数年間で行ったことがあって、「この場所いいな」と思った場所をイメージして書いたら、偶然にもいろんな諸条件が重なってそこで結局撮ることになりました。
木原勝利
廃墟は第1候補だったところの撮影許可が出てしまったら、そっちで撮っていたということなんですね。
加藤綾佳監督
そう。でも福本さんと見て、「あっちよりも今のこっち(撮影したロケ地)の方が断然いいね」って。
木原勝利
許可が出なかったから理想的なところで撮れたってことなんですね。
加藤綾佳監督
ちょっと遠いから、撮影のスケジュール的に難儀になるけどって。
-映画ってそういった不思議な縁のようなものがありますよね。
▼秋谷さんにとっての大きな通過点
-秋谷さんにとって本作の出演がご自身にとっても大きな出来事だったと思うのですが、作品を通して変わったところをあらためて教えていただけますか?
秋谷百音
この作品を撮り始めた時、漁港で爆泣きした時も、秋谷自身が今までどちらかというと、閉ざしがちというか、“自分で知っている範囲の自分でいたいタイプ” だったんです。
けれども、この漁港の撮影に入ってから、今までの自分では知らなかった自分を見る機会が多くて、心がオープンになっていたというか、自分の知識以外の感覚的なところがすごく敏感になっていました。
撮影しているときもそうだし、えりなとしてもそうですけど、特にお台場は自分が見てきたことがある景色だったのに、全く違く見えたりとか、お芝居をしているときの感覚も知らない感覚に触れることが多かったです。
“今までの自分が許せる自分”というか、「性格や感覚、価値観、好きなものの“設定”」と言ったものが覆された、感覚がより開いた感じがあります。そういう意味で大きすぎる経験だったと思います。
撮影が終わっても役が抜けないこともそうですけど、匂いや景色、色を覚えていたいと思ったし、自分が思ったことも、記憶しておきたい・忘れたくないといったことをすごく思うようになりました。
役者としてよりも、秋谷百音自身が変わったという意味で大きな経験だったなと思いました。
▼映画として遺すこと、役者に遺すこと
-加藤監督の映画作りが、なくなっていくものを映画として遺すだけじゃなくて、俳優自身にもなにかを遺す作品になった感じがしますね。
秋谷百音
自分が知っている自分が一番安心しますけど、それ以外でもいいのかなって思いました。
木原勝利
自分が知らない自分と出会えたっていうこと?
秋谷百音
自分が知らない自分を受け入れた感じです。
「秋谷って、こういう人なんですよ」っていうことをしなくても、周りの人が見てくれていたからだと思うんです。
今までは、「秋谷ってこういう人間なんですよ」っていうことを(自ら)現場でやりがち・設定付けがちだったんです。
それが通用しないというか、それどころじゃなくなったところも見られているし、それを経て返してくれるから、自分にとって大きかったですね。
木原勝利
現場の人とかスタッフさんも初めましての人が多いけど。
秋谷百音
チーフ助監督さん以外は全員初めましてでした。
木原勝利
初めましてであろうがそうでなかろうが、「秋谷ってこういう人間なんですよ」とやりがちだったっていうことなんだ。
秋谷百音
そうですね。
▼秋谷さんの変化を感じた証言
木原勝利
三崎漁港の旅館でのシーンで、彼女のギャン泣き事件があって、開放するじゃないですか。
その後ぐらいから撮影の福本淳さんが「彼女はね、役として・ヒロインとして、カメラの前で綺麗に映ることをあれ以降、放棄した」って言ったんですよ。
加藤綾佳監督
言ってた!
木原勝利
それを思い出したんですけど。
加藤綾佳監督
「それ以降、すごくいいよね」って福本さんがいいましたね。
木原勝利
それで今思い出したんですけど。彼女が「自分はこう見せる」、「こうであろうというもの」を見せるのをやめたんです。
かわいい美人の方ですけど、“みせる”というのをやめて、ありのままで居出した。
だからすごいな…と思いました。
そこから秋谷さんっていうか、えりなの表情の変化というのが映画を通して感じられているなと思いながら…
加藤綾佳監督
そうですね。それ以降、どんどん魅力的な表情になっていったんじゃないかなっていう。
木原勝利
今まではそういう役割を演じるというか、秋谷百音というものをある種、人前で演じることをしていて、もちろん人間だから誰しもがいろんなシチュエーションでコミュニティで演じているとは思うんですけど、それをやめたってことだね。
秋谷百音
そうですね。それをしていることも受け入れられたというか、それまでは秋谷を演じるというか、秋谷百音という人物像を作り上げることを「本当は良くないけど…。本当の自分を見せるのは怖いしな…」といった気持ちだったんですけど。
加藤綾佳監督
自己防衛本能みたいな?
秋谷百音
そうですね。それを勝手にやってしまっていたんですけど、つくったっていいし、そういうものを見せたい人には見せるし。
もちろん自分の作っていることって、本来の自分とそんなにかけ離れてはいないんですけど、ちょっとフィルターをつけてしまうというか、薄いフィルターを。
つけなくてもいいし…とか、「何でもいっか〜」みたいな、それぐらいの気持ちになりました。
木原勝利
そうか。「付けなくてもいいし」っていう選択肢を手に入れたんだ。素晴らしいですね。
-いままでのものを捨て去ったわけじゃないんですね。
秋谷百音
自分のひとつの可能性とすることができました。でもそれ以降、私生活でしっかりと傷つくことも増えました。
木原勝利
ちゃんと向き合うからなんだね。
秋谷百音
今までは、「こんなもんでしょう…」とか、「別に平気!」と思っていたけど。
それ以降結構きちんと、嫌なことは嫌って言っちゃうし、悲しくなったら「もう最悪の気持ち…」みたいな、本当に“ズドーン”って言ってしまいます。
木原勝利
それって、いいことじゃない?生きやすいかはわからないけど。
秋谷百音
今までの自分はそうじゃなかったから、以前より好みがはっきりしたというか、性格が好き・嫌いとか、悲しい・楽しいとかが 自分でわかるようになりました。
木原勝利
本音に正直になるというか。
秋谷百音
それまでは自分で自分を隠していたんだなって気づきました。
木原勝利
俳優としては、めちゃくちゃいいことじゃないですか。
秋谷百音
去年撮っていて、えりなとか進一とか、この作品自体に出会えたことが大きかったです。
▼メッセージ
これから映画を観る方へのメッセージをお願いします。
木原勝利
『東京遭難』というタイトルですが、改めて、撮影から時を経てもすごく大好きなタイトルになりました。東京なのに遭難しているというか。
誰しもが生きていて、年齢も環境も違いますけど、歩みを進めていく中でつまずきだったり大きな段差があったりすると思うんですけど、前に足が出ないこともあると思うんですよね。
そういうものを抱えながら、でも生きている限りはどんな形でも歩みを進めていくべきだと思うので、 その助けや一つのきっかけになるような映画だと思いますし、なれたらいいと思います。
ぜひ劇場でご覧いただけたらなと思います。
秋谷百音
私達は撮った側なので、こんなエピソードがあって…こういう思いで…とお話しましたが、映画を観た皆さんがどんなふうに思うかがあって、初めて「観てもらったんだな」と感じられると思っています。
観た感想や感じたことを私達にぜひ教えてほしいです。SNSで感想やメッセージをいただけることも楽しみです。
木原さんもおっしゃっていましたが、悩みや過去のトラウマってあるものだと思うし、それを抱えながら生きることは別に悪いことじゃないし。正解も不正解もないと思います。
そういうことを感じていただけたらと思います。
私の好きな言葉で、“転んでも前を向けるように、つま先は常に前に向けておく”というものがあります。きちんと踏み出せるように、常につま先は前にみたいな言葉を聞いたことがあって、それがこの映画を観た後にぴったりな言葉だと思いました。
転んだときも、次を踏み出す一歩となるような..言葉が合う映画だなと思うので、皆さんの
活力ってほど大きな力を押し付けるものではありませんが、ヒントになったらいいなと思って観ていただきたいと思います。
加藤綾佳監督
「酔っ払うって悪いことじゃないよ」みたいなしょうもないことばっかりいってしまうんですけど(笑)
それも書いていただきつつ。
いろんな巡り合わせで完成した映画なのですが、観た方が、明日少し笑顔になれるような終わり方をしてるのではないかと個人的に思っていますので、ぜひ劇場で、進一とえりなという2人の存在が届いたらいいなというふうに思います。
▼公開一週間前 生配信座談会
【作品情報】
監督・脚本:加藤綾佳
出演:⽊原勝利 秋⾕百⾳ 永井秀樹 武⽥敏彦 ⼤沢真⼀郎 福⼭⾹温 増澤璃凜⼦ 栗⽥玲⼦ ⾼井晴菜 今⾥真 占部房⼦
プロデューサー:⾕中迪彦 ラインプロデューサー:浜川久美
撮影監督:福本淳 ⾳楽:⻄村⼤介/DUNK 録⾳:⻲井耶⾺⼈ 助監督:⼯藤渉 ⾐装:栗⽥珠似 ヘアメイク:杉本あゆみ
製作:GOLD FISH FILMS、LIVEUP 配給協⼒:細⾕タカヒロ、宗綱弟 DCP/カラー/92分
公式サイト:https://tokyo-sounan.themedia.jp
11 月 18 日(土)~ 新宿 Kʼsシネマにて公開 & 全国順次公開